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これまで病院のことばかり書いてきましたが、すこし自分のこともご紹介しようかと思いました。自己紹介をする方法はいろいろ有りますが、まああたりさわりのないところ(?)で私の趣味についてお話します。
わたしは多趣味でいろいろとしてきました。その中で最も長く続いているのは「ホルンを吹くこと」でしょうか。よく「ほらもよく吹く」といわれますが。わたしのホルン歴は中学校1年生の春から始まります。わたしが入学した京都の「洛星中・高等学校」には当時では(多分今でも)珍しいほぼ完全な管弦楽団(オーケストラ)がありました(後で書きますが、最近再びこのオーケストラとのすばらしい一生の思いでができました)。わたしはの父親は大のクラシック音楽のファンであったため、その影響を小さい頃から受けていました。父親本人は全く楽器にさわったことはないのですが、SP時代から現在のDVDの時代まで常にクラシック音楽のコレクションをしています(ちなみに現在89歳ですが今でも新しいCDやDVDを買いあさっています)。
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そんな環境で育ったわたしは中学入学と同時にオーケストラ部に入りました。そこで最初トロンボーンを持たされたのですが全く音になりませんでした。ところがホルンを吹くと音がでたのです。その後その中・高等学校時代の6年間ホルンを吹き続けました。中学2年の時にホルンが唇にあたる部分のマウスピースを個人で買ったのですが、そのマウスピースは今も使っています。自分の身体の次に長生きしている持ち物です(約42年)。大学の京都府立医科大学にも歴史のある、しかし当時は小さなオーケストラがありました。ヴァイオリン5人ぐらいでしたでしょうか。それでも定期演奏会をつづけてきました。大学に入って、本格的に京都市交響楽団のプロのホルン奏者の方にレッスンを受けました。また、当時オーケストラのあった京都大学、同志社大学、立命館大学などの演奏会にも常連のエキストラとして出演させていただきました。その頃、ちょっとしたきっかけで、映画のBGMのお仕事(アルバイト)をいただき、しばしば太秦の京都大映撮影所に出社し、故市川雷蔵、勝 新太郎主演の「眠り狂四郎」や「兵隊やくざ」、「座頭市」などのシリーズもののBGMを吹いて学費を助けていました(「学費を助けていた」の部分はほらを吹いています)。したがって、医学部のお勉強より音楽部のお勉強に費やす時間が長い学生時代でした。大学卒業後母校の脳神経外科に入ったのですがホルンは母校のオーケストラで細々と続けていました。
一時殆どホルンを吹かなくなった時期があります。それは、約10年間滋賀県済生会病院の脳神経外科部長として仕事をしていた時期です。しかし、平成2年再び母校の脳神経外科に戻ったとき、現在入団している京都シンフォニカーというアマチュアオーケストラが「ベートーベンの第九(合唱付き)」を演奏すると聞きました。わたしはベートーベンの交響曲は1−8番までは過去に演奏していたのですが、第九の経験はなくこれさえ演奏できれば、ベートーベンの交響曲の演奏のグランドスラムができるわけで,たまたまコンサートマスターが京都府立医科大学時代の後輩であったので無理矢理メンバーにしてもらいました。以来このオーケストラの一員と演奏していますがアマチュアとはいえ他のメンバーの演奏レベルが高くいつも恥ずかしい思いをしています。
ところが、比較的気楽に演奏できるオーケストラにも入っています。これは、『Musica Neurochirugiana』というオーケストラで、わたしの医師としての専門である日本脳神経外科学会の会員、すなわち脳神経外科医のみのオーケストラです。現在,わが国には大変多くの医学会がありますが、そのメンバーだけで単独のオーケストラを持っている学会は他に聞いたことがありません。毎年脳神経学会総会のオープニングと懇親会に演奏してきましたが、なにしろ忙しい日本全国の脳神経外科医がやるのですから大変で、最近では夏休みに1泊2日の合宿を行い、その他は本番1日前に数時間練習するという、ある意味音楽を冒涜するようなオーケストラです。しかし、最近はメンバーも増え、演奏内容も立派なものになっています。ちなみに2003年の総会では仙台で10月1日「ベートーベン交響曲第5番「運命」第四楽章」を、10月2日にはズッペの「軽騎兵序曲」を演奏します。
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趣味として40年以上ホルンを吹いてきて最も嬉しかったのは、昨年8月母校、洛星中・高等学校の創立50周年記念でOBやその家族や現役学生のママさんコーラスの方々だけで「ベートーベンの第九(合唱付き)」を演奏できたことでした。これには1年以上の準備を行い全国に散らばったオーケストラのOBに声をかけ、かなりの練習を行い、アマチュアとしては極めてすばらしい演奏ができました。最近、少し体調が悪く(ホルンを吹くのには)、半年ほど休んでいましたが,また暇を見つけて復帰したいと思っています。昨日、NHKの番組で80歳でも世界的レベルで陸上競技をつづけておられる人々の特集をみました。あと、25年ホルンが吹けるのでしょうか?病院の仕事もホルンもがんばっていきたいと思った次第です。 |
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